STORY

EPILOGUE / 作者:鈴木壱

単調に繰り返される毎日。
すこんと抜けた空、見慣れた景色、いつもの顔触れ、聞き慣れた声。
何が起きる訳でもない、しかしそれが幸せなんだと思っていた。あの日までは。

穏やかな日常は突然牙を剥く。
忘れるな、と誰かが囁く。

逃げ出す事も、膝を折る事も許されない。
鈍色の世界でただ、耐える事しか出来ない。

たった一つ。この世の誰よりも、何よりも大切な人を想いながら、生きる。

それが、彼に課せられた贖罪。
それが、彼との約束

         ****   

True END後を描いたオリジナルストーリー「ケイスケ編」と、
その後日潭を描いた「アキラ編」を同時収録。
静止動画ROM+シナリオブック同梱。


シナリオサンプル(収録内容から一部抜粋) / 作者:鈴木壱




「……なぁ、アキラ」
「ん」
「なんかケイスケの奴……調子悪そうじゃねぇか?」
「………」

同僚の工員がそっと耳打ちしてきて、アキラはちらりと視線を上げた。
視界の端に映る男は手のひらで顔を覆い、やけに疲れているように見える。

調子が悪い、など。
朝から晩まで顔を突き合わせて生活しているのだから、他人から言われずとも気付いていた。

時折、凄まじい重圧でケイスケの全身にのし掛かる、罪の記憶。
何が切っ掛けなのか、第三者であるアキラには分からない。
ただ見守る事しか出来ないのは歯痒いが、かと言って甘い言葉を掛ける事も出来ない。
ケイスケは、一生苦しんで生きる事を選んだ。
そしてその道を指し示したのは他でも無い自分だった。

生き続けろよ。それが償いになる――

そう言って、彼を今日まで生かし続けた。
ケイスケもケイスケで、例え血反吐を吐いたとしても、弱音も言わず、今に至っている。

それは意地でもなく。自棄でもなく。確固たる強さだ。
強固たる意思。崩折れそうな膝を支える精神力。

しかしふとした場面で見せる悲痛な横顔を見るたびに、胸が締め付けられそうになる。

本当にこれで良かったのだろうか。
ケイスケを生かす事は、自分のエゴなのではないだろうか。

ケイスケを失いたくないから。
辛い現実ばかりを彼に背負わせ、自分はその隣でのうのうと講釈を垂れる。

「……嫌な奴」

ぽつりと、自分自身に向けて呟いた。

「ん? 何か言ったか?アキラ」
「いや……ケイスケの様子、見てくる」
「あぁ、頼んだぜ」

背中をぽんと叩かれ、その勢いのまま歩き出す。
一歩一歩距離を詰める度、ケイスケの荒い息遣いが聞こえてくるようだった。
本当に体調が悪いのかもしれない。

「おい……ケイスケ」
「っ、……!?」

恐る恐る手を伸ばし、肩に触れる。
しかしその瞬間ケイスケの身体は目に見えて戦き、弾かれるように顔を上げた。
その表情は固く、目尻が僅かに痙攣している。

「ア……キ、ラ」
「……どうしたんだ、お前。具合悪いのか?」
「い、いや……違うよ。大丈夫だから」

引き吊った笑いを口元に張り付けられたが、それはすぐに剥がれていく。
アキラの怪訝な視線に気付いたのだろう、ケイスケはふいと顔を背け、手の中の工具を弄び始めた。

「ちょっと……寝不足で。なんか頭ふらふらしちゃって、さ」
「寝不足? ……お前、また眠れてないのか?」
「え、あ……ううん、そうじゃなくて……その……」

明らかに真意をはぐらかされて、思わず眉が寄った。
おかしい。これは確実に、何かを隠している。
言わなくてもいい事までぺらぺらと喋るこの男がここまで口を閉ざすという事は、おそらく自分を――アキラを想っての事

過去の話か。
その答えに行き着くが、だからといってどうすればいいのか分からなかった。
問い詰めたいのはやまやまだが、この調子では口を割りそうにない。

「……分かった。でも……本当に調子が悪いなら、ちゃんと言えよ」
「うん。……ありがとう」

視線を反らさずにそう言ったら、ケイスケは薄い笑顔を浮かべた。
とにかく、今日はあまりケイスケから目を離さないようにしよう。
少しでも、あいつの隣にいるようにしよう。

それが自分の役目だから。
あいつを支えるという、理由があるから。

(中略)

「っ、は……はぁ、っ……」

後ろ手で扉を閉めたら、思いの外大きな音がした。
ばたんという重い音が鐘の音のようにいつまでも頭の中に響いている。

「……は、ぁ……は……っ」

息を整えたいのに、出来ない。
時折呼吸の仕方を忘れたかのように喉が笛のように鳴った。

「い、……た、い」

右手がざわめくように痛みを誇示している。
しかし今は痛みよりも何よりも、その色が強烈に目に焼き付いていた。

赤。
目の覚めるような極彩色ではなく、僅かに黒く鈍い赤だ。
アキラの腕を掴んだせいで血は手のひら全体に塗りたくられ、肘の辺りまで及んでいる。

あの時、みたいだ。
重低音が鳴り響く、あのクラブを潰した時みたいな――

「っ……!」

脳裏に雑音が走った。
壊れたラジオのように、砂嵐のように、ざあざあと。

「嫌、だ……」

雑音は段々と形を作っていき、一つの音を作っていく。
二度と聞きたくない音――声。

「っ……嫌だ、聞きたくない!」

耳を塞いで踞っても、内から沸き上がるようにして聞こえる。
絶叫。懇願。呪い。そして、断末魔

悪夢でも何でもない。
それは過去のリプレイ。
自分がこの手で生み出した現実。

この世の何よりも、誰よりも大切な人を傷付けた。
歪んだ感情をぶつけ、胸の内をぶちまけた。
あの時の自分は本当の自分じゃなかったんだと、声を大にして叫びたい。

でもそれは嘘だ。
全てに怯えていたあの頃も、虐殺を繰り返したあの頃も、そして今も。
全て全て、自分自身だ。
嘘っぱちな自分なんていない。
どんな時だって、ケイスケはケイスケだった。
臆病な面も、残虐な面も、自分の一部。

だってあの時は本当に――本心からアキラを殺したいと思っていたから。

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